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大事な時間
- 2024/03/11(Mon) -
おおよそ一年振りに友人Mちゃんに会った。
去年は結局一度しか会って話す事がなかったMちゃん、そうこうしている内に自分が入院・手術の
騒ぎとなり、その報告も今年になってからというバタバタぶり。

思った通り、いやそれ以上に私の報告は彼女を動揺させたようで、会うなり目を丸くしながら
「良かった!良かった!」と。
若干腫れが残る顔を隠す為に普段は着用するマスクは外しての再会。

食事のオーダーも忘れるほどお喋りに没頭するのはいつもの事。
私からの手紙を読みながら驚きの余り手が震えるほど動揺し心配してくれた彼女もまた
闘病中の身、体に障ったのではと心配していたのだが、思いの他元気そうで安心した。

とにかく話したい事は山のようにあって、次から次へとネタは尽きる事なく、
そして渡したい物も沢山あったので説明しながら一つずつ並べていった。
今回自分が病気した事で自分でも試してみた飲み物やら、その時に読んだ本などなど、
興味を持つかどうかは本人次第なのだけど、私が思った以上に関心を持ってくれたようで
早速飲んでみるとの事。

病気をしてみて初めて分かる彼女の心境、一連の事を経験してみて思うのは
やはり精神面が大事ということ。
どんな状況であれ、芯をしっかり持ってさえいれば乗り越えられない物は無いんじゃないかと
思う。それから呑気でいる事も大事かと。

お互いにこうなってみて命の「有限」さを思い知ったので、これからは思った事、会いたい人、
行ってみたい所など、貪欲に、やや前倒しで実行しようという事で合意。

今年はもっと沢山会って、色んな話をしようと思う。
会える内に、できるだけ沢山。





ちょっと気温が低すぎて縮こまってしまったオオイヌノフグリ。
小さいのにいち早く咲くこの花には毎年励まされる。


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贈り物
- 2024/03/04(Mon) -
休日、行きつけのお店にオットと出かけた。
そこへは大概月イチくらいで通っているお気に入りのお店で、
通い始めてから一年以上になる。
こだわりの素材を使った丁寧な料理は飽きる事なく食べたくなるのは
勿論のこと、そこの経営者夫妻とのやりとりがまた楽しくてついつい通ってしまう。
そんな固定客・常連さんは多く、中々の繁盛ぶり。

忙しい合間を縫って奥様と雑談することがあるが、ここ立て続けに
お土産を持たせてくれるという事が続いており恐縮な限り。
以前、お店の10周年記念に奥様へアレンジフラワーをプレゼントした事があり、
それをずっと覚えてくれていて、未だに喜んでくれているのだった。
割と迷わずにすんなり決めて購入したアレンジだったが、華やかな奥様に
相応しいような明るい色合いの花々が寄せ集まっている物を贈ったのだった。

よく考えてみると、改まって花束やらアレンジを誰かに頂く事ってそうそう無いなと。
自分からは時々贈る事があるけれど、贈る側としても中々気分が良いフラワーギフト。
やっぱり花のチカラって凄いな。


我が家では去年買ったゼラニウムが咲いている。
これはスーパーゼラニウムなる品種で通常ものよりも株が大きくてしっかりしている上、
花の色が独特な美しさを持つ、まさにスーパーな品種。 中々のお値段なので
我が家のはごく小さな花苗。 これなら私も手が出せる値段。




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風向き
- 2024/02/28(Wed) -
もう二月も終わり、寒さも終盤!とすっかり油断していただけに最近の寒さが身に染みる。
冬ってこんなに寒かったっけ?と思うほど。

2月初めに色々あって頭を悩ませていたけれど、それもどうにかこうにか収まる所に収まった感があり、
ひとまずスッキリした。 その問題はまだ始まったばかりでこれからの進行具合が勝負だけれど、
悪い結果にはならないだろうと私は見ている。
順調に進んだ暁にはまた新たな提案をして、更なる改善策に繋がればと思っているので、
ひとまずこのまま現状維持。 status quo だったっけ?

1月末に友人Mちゃんへメールして以来音沙汰無しだったので、もしやよからぬ事が起こったのでは?
と悶々としながら過ごしていたら、つい先日ようやく返事が届いた。
どうやら私のメールが埋もれていたようで気付くのが遅かったとの事。最近こういうのチラホラあるけど、
ガラケーからのメールだから冷遇されるのだろうか?なんて思ったり。
ともかく元気そうで安心したし、近々会えるかもしれないのでとても楽しみ。
話したい事は丸三日分くらいある! 寒いけど少々前倒しで食事会をしよう!

春に近づいてきたせいか、ここへきて風向きが少々変わったのかな、とも思う。

3月はいよいよ福岡行。久しぶりの里帰りにオットもテンション上がり気味。そりゃそうだ。
今回は少々無駄遣い出来るくらいの予算を組んだので思い切り楽しい旅にしよう。

色々あるけど結局何とかなるものだ。
去年の病院通いからそれは実感していたが、小さな小さな見方が隅々まで動いてくれているかのように、
細かな事が上手く繋がって良い結果に導いてくれているかのように。

日頃からの小さな積み重ねの大切さを改めて思う。

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そんな星の下
- 2024/02/05(Mon) -
一難去ってまた一難、ではないけど似たような状況が続きやや疲労気味。
助けを求めてくる方だって心苦しいだろうし、本当にどうしようもない状況に陥ってしまったのだろうけど、
それにしてもよくあるケースだと我ながら感心する。

救済というほど大袈裟ではないが、今後の方針など話し合いながら合意に至った。

困った時はお互い様、そんな状況は決して他人事ではないのだから寛容に考えねば。

でも不思議な事に、こんな状況になるのではないかという予感があったのも事実。
少しずつでも協力を、と考えていた矢先の自分の病院騒ぎだったので吹き飛んでしまったが、
やはりこういう事をする星の下なのだと痛感する。

こんな事があっても動じないような運営体制にしておかなくてはと肝に銘じる。

病気を機に今後を色々と考える事が多くなったし、ちょっと考え方も変化した。
幸いにも今回は助けられたと思うので、今後は体を労りながら時間を大事に使っていきたいと
思うし、ここからが自分の人生の「第3章」と思っているので、それに合わせて他の事も
整えていく感じ。


困った時はお互い様。 本当にその通りなのだ。



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美容院
- 2024/01/30(Tue) -
随分前から愛読しているイタリア在住の日本人女性のブログ。
何年経っても同じ調子で続けている彼女の文章が無性に好きで、同時にそんな文章を
綴る事が出来る才能に憧れる。
日常のほんの小さな些細な出来事をうまく切り取って、彼女のペンにかかれば
一つのドラマに仕立て上がってしまうのだからお見事としか言いようがない。

ブログの中には実に色んな事、色んな人物が登場するのだけれど、
読んでいて分かるのはとてもお洒落な人であるという事。
装いもそうだけれど、これは参考にしなくては、と思ってしまうのが美容院。
無精者の私はマメに美容院へ行かないので、加齢と共に髪質も悪くなり見苦しくなるのだから
こまめに手入れしなくては、と反省しきり。

マメには行かないけれど、いつも行く美容院はよく考えてみると随分長い付き合いのお店。
多分私が10代後半頃から通っているかと。
ひとたびこのお店と決めると、余程の事が無い限り浮気しないのでとにかくしつこい程通う。
昔と比べるとその美容院も紆余曲折色々あって、お店の規模的には縮小したものの、
今や店長が一人で切り盛りしているので完全予約制。

色んな雑談をする中で、店長がよく話に出すのは海のこと。
とにかく海が好きなので、仕事を引退したら自宅を売却して、そのお金で
海辺に越すのが夢なんだとか。
「あと10年は頑張る」と言いながらお店に立っている。

去年暮れに事情でお店が移転することになり、私が最後の客となった。
今は新しい場所の新しい店舗で心機一転頑張っていると思うが、まだ私は行ってない。

でもイタリアの彼女を見習って今年はもう少しマメに行こうかなあと思案中。
その前に開店祝いのお花を届けに行く予定。
勿論店長には内緒のサプライズで。


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風向き
- 2024/01/29(Mon) -
去年夏に同居していた叔母が他界したので事実上喪中だった我が家は新年の飾りつけ等一切を自粛、
年賀状も取りやめにした。 私が入院やら何やらで忙しかった事もあり、喪中葉書さえ出さずに年明けに
なってしまった。
いざ新年明けてみたら、喪中とは知らない友人数名から年賀状が届き、その数に驚いた。
喪中と知らせていないにも関わらず、毎年常連だった人達大半から届かずじまい。
年賀状終いする人が増えている昨今なので、これもまた仕方の無い事なんだろうと諦める。

年を取るにつれて旧友達とのつながりは年賀状のみになる。その年賀状さえ途切れてしまうと
本当に縁が切れるのが常なので、これもまた縁。 これを機に人間関係が様変わりするのだと思う。

かくいう私は世の中から年賀状というものが消えてしまわない限り、毎年年賀状をくれる友達がいる限り
出し続けようと思っている。
人間関係は変わるもの。

若い頃、年配者に言われた事を思い出す。

「友達は一人か二人いれば良いんだよ。」 


確かにそうかもしれない、とその人の年齢になった自分は今更ながらに思う。

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年末年始連休
- 2024/01/19(Fri) -
病院から戻って暫くは驚くほど体力が落ちており、声を出すにも力が入らない状態だったのが、
徐々に回復していった。
顔の腫れも少しずつ時間を掛けながら解けていく感じ。 まるで巨大な氷山を自然解凍しているかのように
ゆっくりと感覚が戻ってきている。

病院で言われたように鼻うがいも日課とし、傷跡のかさぶたも日に日に少なくなっていった。
完全になくなったら右側の鼻の通りが完全に回復、およそ一年振りの開通に小躍りするほど。
長い長い鼻づまり期間だったので鼻呼吸できる有難みが身に染みる。
それにもう鼻血に悩まされる事もないし、夜も気にせず眠れる。

色んな人から頂いたお見舞いのお礼の品を早速用意し、年明けを待つ。
退院すればしたで結構やる事があり、そう暇をもてあそぶことなく年を越した。

年末ギリギリには入院費の支払いも済んだし、お金の面でも問題無し。
単なる興味本位で始めた積立金が病院関係で大いに役立った。これもまた幸運だった。

連休が終わる事には更に顔の腫れもおさまり、体力もほぼ戻ったので予定通り
仕事復帰。 今後は月イチでの外来となるが、特に何もなければこのまま終わるのだろう。

通院から2か月、入院10日間を経て、何だか奇妙な旅をしてきたような気分。
無事に戻れるかどうか分からない旅に出たような感じ。

とかく妙な出来事に遭遇する確率が高い私だけれど、同時にそれらをどうにかこうにか
切り抜けてしまう悪運の強さを持っているのも確か。
今回もそのケースだったと思っている。

何はともあれ、治療に専念できるよう取り計らってくれた職場、病院関係者、家族もろもろに
感謝なのだ。 せっかく助けて貰った命、これからはより一層大事に生きて行こうと思う。



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大博打
- 2024/01/18(Thu) -
初診からずっと医師の指示通りに検査を受け、入院日・手術日も決まり、着々とそれに向けて
準備をしていた。
検査・診察等の医療行為は勿論、入院までの説明などことごとく段取り能く流れるように
進んでいく事務的作業。 つくづく病院ってうまく出来てると感心。

いよいよ入院当日、オットに送り届けて貰い、看護師に病室を案内されて4人部屋に到着。
明るい窓際のベッドに決定。 4人部屋には私以外1人しかおらず、入室した途端に同室の
患者さんが挨拶してくれた。 よく見ればまだお若い女の子、聞けばまだ31歳だという。
度々の入院・手術で病院には慣れている様子、私の事をあれこれ気にかけてくれるほどだった。

入院して二日後に術前のカテーテル処置があり、その翌日にはいよいよ手術。
無傷の顔も見納め、と思いながら手術室へ向かう。 この上なく不安そうなオットが見送っていた。
全身麻酔であっという間に意識が遠のき、気がつけばもう名前を呼ばれている。

手術が終わったのだ。 早速目を開けてみると、「見える!普通に見える!」と心の中で歓喜した。
どうやら顔も切られていないようだし、急遽方法を変えて内視鏡で摘出してくれたのだと分かった。
てっきり私が包帯グルグル巻きで帰ってくるかと思っていたオットも驚いていた。
麻酔が覚めて直後は中々声が出なかったくらいで他は問題なく、こういう結果に終わってくれた事に
心底感謝だった。 
死ぬか顔を切るかの二択、イチかバチかの大博打みたいなもんだ!と居直って挑んだ手術。
本当に良かった。

術後、彼女ともう一人同室の人と度々雑談する機会があり、楽しい入院生活になった。

31歳の彼女とはほんの数日しか一緒ではなかったけれど、随分色んな話に花が咲いて
本当に楽しいひと時だった。 手紙のやりとりを約束して、数日後彼女は退院して行った。

もう一人の人は何と私と同い年、入院・手術は2度目との事。
彼女ともまた住所を交換した。 ほどなくして病室が移動になり、話し相手も居なくなってしまった。

術後は順調に回復し、手術の際に詰めた鼻のガーゼも取れて退院となった。
丁度10日間の入院生活がこうして終わった。




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病院狂騒曲
- 2024/01/17(Wed) -
去年、度々悩まされていた鼻血がやがて鼻づまりになり、
痛くも痒くもないので慢性鼻炎にでもなったのだろうと呑気に考えていたら、
10月早々に大量の出血を伴う鼻血に襲われ、さすがにこれはオカシイと
街の耳鼻科へ行ってみると、「これは腫瘍かもしれないから大きな病院で検査を。」と
勧められ、隣町の病院へ。 
そこでMRIなどの検査を経て、やはり腫瘍と判明。 更なる検査や治療に対応できる
病院を紹介され、最終的には県内最大の大学病院へ辿り着いた。

検査、検査と続き、腫瘍の正体は「孤立性線維性腫瘍」と判明。
良性ではあっても悪性のような動きをするので曲者だという。
抗がん剤・放射線治療はほぼ効果がないので手術して摘出する事を勧められた。
その際、顔面を切開して取り出す事になり、人相はガラリと変わり、変わるどころか
部分的に移植する事にもなるとか。それから右目に迫っていたので最悪右目は失明、
良くても視力が大幅に変わる可能性大との事。
何もせずに放置しておけば確実に悪化し、最後には命を取られると断言された。

初めて死に直面して絶望感よりも命の有限性を深く考えるようになった。

死ぬよりも顔に傷が残る方が良いと、手術を受ける事を決意。

病院へ通い始めて二か月が経っていた。


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秋の日
- 2023/09/25(Mon) -
秋晴れの気持ちの良い休日、予定を急遽変更して一路日光へ!
とは言っても中禅寺湖止まり。
陽気に誘われて人出も多く、外国人観光客が目立った。日本旅行は楽しいのだろうか?

中禅寺湖を見下ろせる小さなお店に入って軽食を取り、湖を眺めている内に
頭の中が整理できてきた。

久方振りに遭遇した大物。それを見抜けなかった自分の未熟さを痛感するばかり。
でも過去の経験は確かに活かされて、免疫がバッチリついているのは分かった。
一方で私よりものめり込んでいたオットの落胆ブリは見ていて気の毒になるほど。
純粋に信じていた人ほど傷は深い。

そんな人が全国にどれほどいるのだろう。

いつか公になって問題になる。
当の本人は自分が間違っているとは夢にも思っていないし、これからもそれは変わらない。
強い意志と勢いを保ったまま間違った方向へ突き進む。それによって周りが壊れようが
何しようが何とも思わないだろう。
その大きな矢が自分に向いた時、全ては崩壊する。

どちらが良いのか悪いのか。

後は天に任せるのみ。


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真相
- 2023/09/11(Mon) -
今日は9月11日、毎年この日は静かに黙祷を捧げる。
あの事件の最中にNYの地で消息を絶った友人の安否は分からないままだが、
真相を知りたくても調べる術もなく、もう気が付けば20年も経ってしまった。

去年、自分の記憶を辿って彼女との関りを文章にしてみたが、
割と細かな所まで覚えているもので、書きながら当時の様子がありありと脳裏に
蘇って、何とも言えない懐かしさに包まれた。

文章にまとめることで、NYの事件の事も彼女の事も一定の踏ん切りがついた感じがした。
ここまで辿ればもう十分、みたいに勝手に納得した。

事件の2年後に訪れたNY、十分に見て回る事もできなかったけれど、それなりに
収穫はあったと思っている。 また機会があれば行きたいと思うNY。

いつまでも記憶の中に生き続ける友人、確かに彼女は存在していて、一緒に時間を過ごしたのだ。
僅かな時間だったけれど、直接会って話したり笑ったり、抱えきれないほどの思い出がある。
私はその思い出を抱えながら今後も生きて、いつかあちらの世界へ行った時に、またそれらを
友人と共有するのだ。 

9月は毎年彼女の思い出に浸る。今は悲しみよりも懐かしさの方が大きい。
秋はそんな風に始まる。 


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越後路
- 2023/09/05(Tue) -
半年待ってようやく納車になった新車に乗って早速初ドライブへ行ってきた。
新車が来るととりあえず走ってみる越後路。今なら雪の心配もないし混雑もしないし
丁度良い時期。天気も良く快調に走ってくれた愛車。

やっぱり新潟は道路が広くてまっすぐで気持ちが良い。
ひたすら続く田園風景に広い空、まるでアメリカのような解放感を味わえる所がまた良い。

目的地は以前にも行った事のある寺泊の市場。
実は海の幸が得意でない私だが、海鮮丼を美味しく頂いてきた。

行きはひたすら一般道を走ったが、あまりにも時間がかかるので帰りは関越道で
ひた走り。やはり高速も真っすぐすぎるほど真っすぐで圧巻。
高いお金を払うだけに高速道路は格段に速い。

早いのだけれど、やっぱり私は一般道をひたすら走るのが好きだ。
色んな景色を見ながら、地元の色んなお店に立ち寄りながらのんびり行く方が
性に合っている。 高速道路は適正が無い事が分かった一日だった。

やっぱり新潟は良いな。また行こう。
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その道のプロ
- 2023/08/30(Wed) -
他界した叔母の一連の作業で、実に色んな人達と関わって助けられたことを思う。

叔母を入所させて貰う為に地元のケアマネージャーに相談し、そこから役場へと流れ、
ショートステイから始まり、本入所へ。
入所中は施設職員さん達が全てをこなしてくれるので大助かりだった。
特に定期的に通っていた病院へも連れて行ってくれるのは助かる。

そして亡くなってからは施設職員から葬儀社の人達へと移る。
遺体を搬送して貰って、葬儀の段取りをして貰って、祭壇を設置して貰って、
一連の流れが始まる。
 
次には菩提寺の住職が取り仕切り、葬儀・告別式が執り行われる。

四十九日までの間は役場関係の手続きに入り、担当の人が隅々までこなし、
加入していた保険会社とも連絡を取り、最後は施設からの私物引取。
四十九日では食事の事で料理屋さんにお世話になった。

皆さんその道のプロであるし、お金で動いているのだけれど、それにしても
何かと心強い存在であったのは確か。たった一人で右往左往しなくて済むのは
凄く助かる。

そんな最中、今年2月に契約していた車が納車になり、今度はディーラーの担当者との
やりとりが始まる。細々とした確認作業を終えて、いよいよ新車に乗る。
今までの車との別れを惜しみつつ。
車両入れ替えに伴って今度は自動車保険の書き換えで保険会社へ連絡。
早々に手続きを済ませて貰ってひと段落。

9月は一か月休んで10月はもう少し叔母関係の事でしなくてはならない事があるので
再び葬儀社へ連絡することになっている。

忙しかったけど、こういったプロフェッショナルのお陰で滞りなく済んだ。
それぞれの仕事っぷりに脱帽。
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旅立ち
- 2023/08/29(Tue) -
先日、亡くなった叔母の四十九日法要を終えた。
これまたこぢんまりとした法事になったが、叔母の遺骨を無事に納骨できた。
納骨の後はお清めの席を設けて、久しぶりに兄弟で集まっての食事。

中々全員は集まらないのだけど、それもまた仕方のないこと。
小規模ながら一連の流れを取った法事も今回が最後になる予定。
来年の一年忌・初盆は本当に家族のみとなる。
最後に暮らした私達家族だけの小さな法事。

両親世代が亡くなり、世代交代になった。
法事のような事でもなければ、兄弟全員が集まる事もないだけに、
今回は敢えて食事会にこだわった。
兄・姉・弟に会えるのは当たり前でなくなってくるだろうから。

何はともあれ、四十九日を経て叔母もようやく本線に乗ったんではないかと
私は思っている。亡くなってから四十九日までは本当の旅立ちの準備期間。
用意すべき物は全て整えたし、順番通り進んだと思う。

これで無事に天へ昇ってくれれば大丈夫。


合掌

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順番
- 2023/07/20(Thu) -
叔母の葬儀を終えて10日ほど経つが、まだ完全に疲れは抜けきらないまま仕事。

老人ホームに託して丁度3年、コロナを理由に面会する事なくお別れになってしまったけれど、
施設内では仲良しも出来て、結構楽しくやっていたらしい。施設の職員さんが色々と話してくれた。

入所時に叔母の通帳などの貴重品を全部渡す際、もしもの時の為に最低限の葬儀費用は
確保しておくとの事だったので、今回それを使わせて貰った。
思った以上の金額で葬儀一式どころか、今後の法事まで賄えそうな金額だった。

これは三年間かけて叔母が貯めておいてくれたのだと思って今後も大事に使わせて貰おう。
叔母の法事関係を最優先にそのお金を充てて、それでも余るようなら、それを元に
次なる資金の種銭としてとっておこうと思っている。

私自身の兄弟達も高齢化し、年金生活者もチラホラ現れてきたので、以前のようには
金銭面で頼れないのが現状。単独でやるという前提で今後は貯めておく必要がある。

18年前に父を見送り、今度は父の妹である叔母を見送った。
いつの日か母を見送って私の役目は終わる。
今回はその時の為の練習のような気がする。

初めの喪主、何事も経験なのだ。
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大空へ
- 2023/07/14(Fri) -
10年ほど一緒に暮らした叔母が亡くなった。
叔母は私の父の妹、その父は20年近く前に既に他界しており、
身寄りの無い叔母は体を壊して働けなくなったのを機に
私達と一緒に生活する事になった。

遠い昔、若かった叔母は結婚し、息子が生まれたが、その息子が
10歳の時に離婚、息子は分かれた旦那さんに引き取られ、生き別れという形になった。

以来ずっと独り身だった叔母は色んな職場を渡り歩き、細々と社会の荒波を
生きてきたような人だった。

一人暮らし歴が長かったので家事も細々とこなしてくれ、料理も上手で
私達もすっかりお世話になった。
一緒に暮らす前から体調を崩して入院となると頼りになるのは私と母くらいなので、
病院通いも数えきれないほどやってきた。何せ身寄りが無いのだから可哀想だから、という
母の言葉に押されたこともあり、そういうのは当たり前の事になっていた。

まだまだ元気だった頃は叔母も母も連れて東京へ遊びに行ったり、海へ行ったり、
ほんの少しだけどそんな思い出もできた。

少しずつ体の調子を崩すようになり、遂には自力での呼吸も困難になると
入退院を頻繁に繰り返すようになり、家にいるよりも設備の整った施設への入所を決めた。
入所してからは嘘のように元気に過ごして早三年が経った。

そして先週のとある日、施設より連絡が入り、体調不良の為、かかりつけの病院へ
連れて行くので一緒に来て欲しいという。私は職場からまっすぐに病院へ向かい、医師の説明を
受けた。心不全に脳梗塞、すい臓機能も弱っているという。
かろうじてベッドに横たわる本人を見てきたが、応答はするものの目を開けられない状態。
見るからに宜しくない状態なのは私にも分かった。

それから丁度一週間後の夜8時半過ぎ、容体が急変したので至急病院へ来て欲しいと連絡あり。
お風呂上りでパジャマ姿だったのを急いで着替えて一人で病院へ向かった。
恐らく生きては帰って来れまいと覚悟をしながら運転した。

病院へ着くと既に叔母は息を引き取った後だった。10分程私が遅くて最期を看取る事ができなかった。
もう二度と目を開けない叔母を暫く眺めていたら色んな事が脳裏をよぎって悲しくなってきたけれど、
今は泣いている場合ではないと喝を入れるように葬儀屋さんへ連絡し遺体の搬送を頼んだ。

一人で運転して帰る道すがら、どこかまだ他人事のようにポカンとしつつ、しかし次の事を必死に
考えながら、叔母の亡骸と一緒に家に戻った。

それからは怒涛の如く色んな事が進み、喪主となった私が独断でほぼ全てを決める流れに。
人間関係が殆ど無かった叔母なので家族葬の形をとった。初めての家族葬だったけれど、
小さいながらも華やかな祭壇、生花に囲まれた。参列者は私達兄弟と従兄数名という小人数、
これもまたささやかで良かった。

最後の最後に棺の中へ、きっと持って行きたかったであろう数枚の写真を胸元に忍ばせた。
その写真に何が写っているのかは私しか知らない。叔母が逝く時は持たせてあげようと思っていたので
これで私も一安心。

息を引き取ってから瞬く間に葬儀一切を終えたけれど、なにもかも叔母に丁度良い。
色々と思い出せば泣きそうになるけれど、今は泣きたくないのだ、何となく。

肉体は朽ちてしまっても魂は永遠、ただ見えなくなってしまっただけなのだから。

と、自分に言い聞かせながら今日も仕事をしている。



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赤いバラ
- 2023/06/21(Wed) -
それにしても今年はバラの勢いが凄い。
沢山の蕾をつけ始め、開く日を今か今かと楽しみにしていたミニバラ・トゥルーブルーム・レッドキャプテンが
遂に開花。ミニバラらしからぬ豪華な花を惜しげもなく披露してくれる強健種。




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一つ一つの花が本当に立派で大輪バラに引けを取らない佇まい。



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去年よりは大きくなったけれど、年々その丈を伸ばしていくのだろう。






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そしてこちらは大輪バラ「イングリットバーグマン」。
直立タイプのキリリとした姿が凛としていて更に美しさを増す。





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ホームセンターの園芸コーナーで、最後まで売れ残って、半ば見捨てられて
販促処分になり、枯れていくのを待つばかりのようになっていたイングリットバーグマン、
こうも見事に復活しようとは。 植物のチカラって凄いな。





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情熱の赤いバラとはまさにこのこと。 本当に見事な咲きっぷり!
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13歳
- 2023/06/16(Fri) -
仕事上の取引先で、僅か13歳の中学生が急逝したという。
お風呂で倒れているのを家族が発見、救急搬送されたものの間に合わず。

「そんな事もあるんだねえ」と職場の人達は言うけれど、
それ以上深く考えようとしない。
自分の子供だったとしても、そういう感想になるのか?と甚だ疑問な私。

つい先月も私と同世代が急死して落胆したばかり。
これからは、こんな風に突然命を落とす人が増えるのだろう。
そして周りはただただ驚くだけで、原因を深く追求しようともしない。

「まだ若いのにねえ。可哀想ねえ。」
で終わり。

何も考えない人ばかりの世界に改めて背筋が寒くなる。


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間違い文庫
- 2023/06/14(Wed) -
以前、美容院の帰りにフラりと立ち寄った小さな本屋さん。
ほんの時間潰し程度だったので、立ち読みして帰ろうと思っていた所、
ふと目に止まった本のタイトルがあった。

「珈琲店タレーランの事件簿」。
タレーランという名前に特に惹かれて、ざっと立ち読みしてから
ついつい買ってしまった。

珈琲店で繰り広げられる小さな事件の謎解き、
読みながら多少アタマを使うのでこういうのは楽しい。
ナントカ事件簿、とかナントカ探偵という名前に弱い。
探偵もどきの物についひき寄せられてしまう。

タレーランは連続物で全8巻?
ひとまず1巻を購入して少しずつ読み進めてようやく読破。
続きはネットで古本で注文。数日後届いたのは・・

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「真夜中のパン屋さん」だった。
出荷間違いなのですぐに交換をお願いし、送って貰う事になった。
そしてこの間違い文庫は私が貰える事に。

中々良いタイトルだし、折角なのでこちらも読んでみようと思う。




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待っていたのはこの「タレーラン」2巻。早速読み始めたが、何せ読むのが遅いのでゆっくり楽しもう。



ちなみに今回の古本屋さんとは度々やりとりがあるが、
出荷間違いで、間違った本を貰うのはこれで3度目。
有難く活用している。




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残り物には・・
- 2023/06/12(Mon) -
以前、買ってみたはいいけど枯らせてしまったバラ・レオナルドダヴィンチ。
去年の暮れに再度購入して冬を越した。今度こそ、と神経質なまでに管理して
ようやくこの姿に。
仕立て方を後々考えなければならないけど、ひとまず地植えに踏み切った。





やはり鉢植えと違って生育の速さが格段に違うし花付きも違う。どんどん蕾がついてバンバン咲くような
勢いの今年のダビンチ様である。

実はこの株は売れ残りの販促品を購入したもの。誰からも見向きもされず、枯れて処分されるのを
待つばかりだった株なのだ。

こうも豪華に復活しようとは、売り場の人も思うまい。



そしてこちらは以前ネットオークションで落札したミニバラ・ラブリーモア。
ミニというより中型のバラといっていいほど花が大きくて豪華で立派。
今年は花数も多くて凛々しい姿になってくれました。

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出品主もとても良心的で、おまけにノースポールもつけてくれたのでした。




そんなラブリーモアの拡大版のような大輪バラ・ピエールドロンサール。
これはもう定番の人気種で壁面をグイグイ上るクライミングタイプのバラ。
ひとまず鉢で管理だが、どう仕立てるかを考えなくては。

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このピエール君もダビンチ様同様の売れ残り品。すっかり貧相になって見捨てられていたのを
去年暮れに購入。冬を無事に越してのデビューです。
残り物には何とやら・・。侮るなかれ、ですね。





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そして今年も始まったカエル住宅。バラの花の中はひんやりとしていて気持ち良さそう。
花がら摘みをついつい辞めてしまいます。





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